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バレルロール(barrel roll) [飛翔技術・飛行訓練]

22.jpg

barrel roll.jpg


フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、

「 バレルロール(barrel roll)とは、航空機(戦闘機やアクロバット機)が空中で行う機動(マニューバ)の一つ。

横転(ロール)と機首上げ(ピッチアップ)を同時に行うもので、横倒しの樽(バレル)の内壁をなぞるように螺旋を描きながら飛行する。緩やかに操縦桿を引き、横に倒し、結果斜め手前に倒すことにより行う。敵機の背後をとるために有効とされる機動の一つである。  」

と説明されています。

映画「ブルーマックス」で主人公のシュタヘル中尉が、最初に撃墜した敵機の上空でやったガッツポーズが
バレルロールでした。

ところが、空中戦から編み出されたマヌーバでありながら意外にも、航空情報別冊「軽飛行機の操縦」では
「この種の横転は、飛行機の惰力と、このバレル状の円運動で生じる遠心力を利用して行うものなので、きわめて無理が無く、やり易い上に上に、横滑りもあまり生じません。
このことから、バレル・ロールは緩横転の入門科目とみなされており、緩横転の練習はまずこの科目からはじめるのが普通です。」と記載があります。

決して、至難の技ではないようです。
私が バレルロール(barrel roll)に興味を覚るのは、次の2点です。

1.単純なループは、未熟な操縦者では l ループになり易く、降下中の機体を引き起こす時に過大な荷重をかけてしまう危険がある。これに対し、バレルロールは、機体に大きなG負担を与えることなく比較的弱いG(+2~3G)で宙返りが可能であること。
(身近な機体の設計強度を参考にするとIMVADERⅢ+3.5G、TestDUOモーターグライダーで+4G)

2.バレルロールは、遠心力で、機体には絶えず+Gがかかるため、特別なエアロバッチク・キャブレターでない一般のフロート式のキャブレターであってもエンジンが息切れすることなく宙返りが出来ること。

ジェットコースターの中にはバレルロールするマシンもあるので、擬似体験もできそう。

だからと言って、私がバレルロールを企んでいる訳ではありませんよ!

ULPはエアロバチック禁止ですから。

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インメルマン ターン (Immelmann Turn) [飛翔技術・飛行訓練]


フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、

800px-Immelmann_turn_svg.png

「 インメルマンターン(Immelmann turn)とは、航空機のマニューバの一つである。ピッチアップによる180度ループ、180度ロールを順次、あるいは連続的に行うことで、縦方向にUターンする空戦機動を指す。

これにより高度が上がり、進行方向と機体の方向はともに水平方向に逆向きになる

第一次世界大戦初期に活躍したドイツのエースパイロット、マックス・インメルマンが世界で最初に行ったことから、この名で呼ばれている。日本語では、インメルマン旋回とも呼ばれている。主に自機の進行方向と反対方向へ通り過ぎた敵機を追跡する際に用いられる。」

実際、エアロバチック演目のインメルマン・ターンは上図マニューバで演じられる。


しかし、当時の実戦ではどうであったのであろうか

『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、
「 実際に当時インメルマンが実施した時点ではピッチアップ中に失速するようなものだったと伝えられている。
充分に速度が出ている状態で行わなければ180度ループの最中に失速してしまうため、速度が充分でないと実施できない。この速度閾値は機体や状況により異なり、機体によっては背面飛行が出来ないため、ループが完了する前にロールを開始する必要がある場合もある。もちろん背面飛行ができる場合でも、厳密に180度ループが完了してから180度ロールを行う必要はない」 とも記述している。

fokker_eiii.jpg
第一次世界大戦初期のドイツのエースであったインメルマンは単葉フォッカー戦闘機を駆使して戦った。

787px-WW1Immelmann(2).jpg
当時の戦闘機の性能を考慮すると
インメルマンが編み出した実戦のインメルマン ターン はこのようなマニューバと言われている。

エアロバチック演目のインメルマン ターンとはかなり違うことが分かります。
明らかにエンジン出力の差による違いもありますが、

元祖インメルマン ターンは、生死をかけた空中戦から生まれたもので、その特徴は流れるように変転してゆく無駄のないポテンシャル運動にあり、横滑りもほとんどないと言われていることから、バレルロールから進化したものと理解した方がよいのかもしれません。
反転後、ダイブして機速をつけ、すかさず敵機を追尾する体制に入っていることからみても、本来のインメルマン ターンは高度を稼ぐのが目的ではなく、反転後に速やかな加速と追尾を可能にするため、反転時に一挙に高度ポテンシャルを溜め込み放出する一連の動作(マニューバ)と理解すべきではないでしょうか。

一方、エアロバチック・マニューバは高馬力の高性能機が演技としてのメリハリを強調出来るようアレンジされた演目と理解すべきで、本来のインメルマン ターンの目的とは似て非なるもののように感じます。



567.jpg
軽飛行機の教科書では インメルマン ターン に入る前に若干ダイブして機速をつけています。
非力な飛行機には必要な準備動作なのでしょう。
場合によっては、失速を回避するため反転後にダイブも必要になるのかもしれませんね。


だからと言って、私がインメルマン ターンを企んでいる訳ではありませんよ!
ULPはエアロバチック禁止ですから。

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ブルーマックス (プール・ル・メリット勲章) [飛翔技術・飛行訓練]

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マックス・インメルマン(Max Immelmann 、1890年9月21日 - 1916年6月18日)は第一次世界大戦初期のドイツのエース・パイロット。インメルマンターンと呼ばれる空戦機動を生み出したことで有名である。最終階級は中尉。26歳にて戦死。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

弱冠26歳で戦死するまでに15機の敵機を撃墜した。 (戦死の状況は諸説ありますが、空中戦で撃墜されたのではないとする軍部の主張は、戦意高揚のための宣伝臭がしないでもありません)
写真から推測するに、どうやら小柄の方だったようですね。


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マックス・インメルマンはドイツ軍のパイロットとして、フォッカー単葉機で北フランス戦線で活躍した。
第1次大戦初期のドイツのエースとなり、パイロットとしてはじめてプール・ル・メリット勲章を授けられた。
これ以降、この勲章はブルーの色彩を帯び、マックス・インメルマンが受賞したことからブルー・マックス(Blue Max=独:Blauer Max)と呼ばれるようになる。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

映画「ブルーマックス」は撃墜王の称号(ブルーマックス)に魅せられて、最後には空に散る男の物語でしたね。

当時の戦闘機が実際に復元されて、飛びまわる様は何度見ても心が踊ります。

マックス・インメルマンは空戦機動インメルマン・ターンの生みの親であるのみらず元祖「ブルーマックス」その人だったのですね。


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 加藤隆士さん 逝く [飛翔技術・飛行訓練]

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パイロット 加藤 隆士 氏


空を愛した加藤隆士さんの偉業





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優れたパイロットでも逃れることが出来ないのが事故なのか!  

丸伊 満 さん につづいて 加藤 隆士さんまで・・・・・・・・  

加藤 隆士 さんは 私の夢であり星でした

ついにお会いすることもなく散られた、憧れの貴方のご冥福を心よりお祈りいたします。




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 「風を聴け」で知られる 丸伊 満 さん [飛翔技術・飛行訓練]

私が、丸伊 満 さんの名前を始めて目にしたのは、1990年11月の北海道新聞のニュースでした。

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滝川航空協会所属の動力グライダーが日高山脈の山岳波を使用して絶対高度日本記録7,167mを樹立したとの写真入のニュースでした。

当時私の英雄は、1983年 ミッチェル・ウィング・ウルトラライト機を改造した自作U-2機で、2万5940ft(約7,912m)のクラス世界高度記録を樹立したアメリカのデイック・ローレイだったから、身近に誕生した英雄 丸伊満さんの活躍に心ときめかせたものでした。

丸伊満さんはその後も、滝川市職員として滝川航空協会の教官を務めながら、世界の競技グライダー選手権で華々しく連戦したが1998年11月25日、オーストラリアで開催のグライダー選手権の競技中に空中接触事故で亡くなられました。 道半ばでした、全く惜しい方を亡くしてしまいました。

その丸伊満さんが1,992年7月にグライダーパイロットのために書き下したのが GLIDER PILOTS FLIGHT MANUAL-BASICS-「風を聴け」です。
今も、多くのグライダーパイロットからバイブルと慕われつづけている名著ですが現在は絶版
(復刻版がでました http://www.japan-soaring.or.jp/2017-07-17/

丸伊満と検索すると必ず 「風を聴け」がヒットするのだが不思議なことに、私の憧れの丸伊満さんの人となりの情報はウエブ上では今や皆無に近い。
いくら著作があっても、ウエブ上にアップされていないかぎり世間の記憶は遠ざかる・・・

丸伊満さんは北海道大学理学部卒のエリートで進む路は沢山あったでしょうに、クラブ活動が発端でグライダーの魅力にのめり込み、空への夢を優先して、滝川市教育委員会に就職、発足したばかりの滝川航空協会のグライダー教官を務めながら、それにとどまらず数々の空の冒険にチャレンジした本物の飛行機野郎なのにそれを発信しているウエブ情報は少ない。どなたかウイキペディアにでも載せて下さいな!

私に今できることは、最近入手した「風を聴け」の著者略歴を、ウェブ上にアップして、心から空を愛し続けた丸伊満さんのライフワークを Eー検索でなるべく多くの方の目に触れてもらうようにすることでないかと思う。

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「風を聴け」著者略歴

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丸伊 満  (まるい みつる)
昭和32年4月7日、兵庫県生まれ。東京で育ち、高校(都立青山高校)在学中には山岳部で登山に没頭。北海道大学理学部に進学と同時にグライダー部に入る。大学修士過程では藻類(海藻)の研究を行う。
1983年修士課程終了。滝川市長に対し、地域行政が本格的に航空スポーツに取り組むための企画書をプレゼンテーションし、それを契機に滝川市役所に入庁。教育委員会青少年対策室に勤務し、滝川航空協会の操縦教官を兼務した。
北海道の空の特色を、制約のない空域、山岳が生む強い上昇気流、随所にある着陸可能地などにあるとする持論は、北海道開発局の主導する北海道スカイスポーツ・ネットワーク構想に色濃く反映された。
滝川市はこの構想最大の焦点というべき「滝川航空公園計画」(222ページ参照)を実現させ、同時に誕生した社団法人滝川スカイスポーツ振興協会(SATA)はプロフェッショナリズムを発揮できる日本唯一のグライダースクールとして定評を得ている。また滝川市では、市民をはじめ一般グライダー等による体験搭乗者数は、約14年1万人にものぼっている。
現在、SATAの主任教官として、北海道を日本を代表するフライトエリアとして開拓することをライフワークのひとつにしているが、すでに570km以上の距離飛行や、高度7,000m以上の高高度飛行を実現している。
さらにこうした成果を踏まえ、滝川が国際滑空界におけるアジアの拠点として認知を得、ヨーロッパやオーストラリアなど滑空先進国と定期的交流をしながら総体的なレベルを向上させ、自らも集中したトレーニングを積み重ねることで1990年代の終盤には世界でも認められる競技パイロットになることを課題としている。
加えて精力的な著作・執筆活動も行い、日本の滑空界に貢献したいと願っている。翻訳書に「GOING SOLO」
(SATA刊)がある。
現在、滝川市スカイスポーツ課スカイスポーツ係長。過程は妻と娘2人の4人家族。

(主な樹立記録/競技成績等)
1990年11月24日
   動力滑空機(単座)獲得高度・絶対高度日本記録
   <7,176m,北海道日高山脈上空>
1992年5月
   第10回日本滑空選手権優勝 <15mクラス>
   以後、積極的に海外の競技大会に参加開始。
1994年10月
   第33回オーストラリア選手権4位 <スタンダードクラス>
   日本人としてはじめて」海外のメジャー大会に入賞を果す。
1995年5月
   たきかわマスターズ’95国際グライダー選手権大会3位
   
グライダーでの総飛行時間 3,100時間
            総飛行距離 73,000km
最長飛行距離   国内 755km(北海道)
            国外1,042km(オーストラリア)
            航空記章 3ダイヤモンド章
                                      ( 19996年8月現在 )

1998年11月25日、オーストラリアで開催のグライダー選手権の競技中に空中接触事故で亡くなられました。

風になって舞う 丸伊 満 さん を偲びつつ


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